Reproductive Health 2026年5月30日掲載 / 筑波大学・HGPI
生理痛がひどくても、更年期で頭が回らなくても、
「仕事だから」「大したことない」と自分に言い聞かせて出社した日はあるか。
そう感じた経験を持つ女性は少なくない。
その「我慢して働く」が、日本全体で年間約2兆2,963億円の経済損失になっているという研究が、
2026年5月30日に国際学術誌 Reproductive Health に掲載された。
筑波大学の岡本翔平准教授らを中心とする研究チームが、
就労世代の女性3,046人を対象に、WPAI(労働生産性・活動障害質問票)を使って測定し、
国全体の規模に推計したものだ。
注目すべきは「損失の中身」だ。
欠勤(休んだ日)よりも、症状を抱えながら出勤しているが本来のパフォーマンスを出せない状態──
「プレゼンティーズム」による損失が全体の約86%を占めていた。
「休めば解決」ではない。症状を抱えたまま働き続けることこそが、最大の課題だ。
- ✦「アブセンティーズム」「プレゼンティーズム」とは何か──月経・更年期の損失の中身
- ✦2.3兆円という数字はどうやって出たか──研究の設計と限界を正直に整理
- ✦「欠勤3,240億円 vs 出勤中の能率低下1.97兆円」という衝撃の内訳
- ✦受診できていない構造──なぜ50.6%が「受診の必要を感じながら」22.8%が受診を避けるのか
- ✦【クリニック選びのヒント】月経・更年期の不調、受診のタイミングと相談すること
- ✦【業界・経営の視点】更年期ケアが「福利厚生」から「経営課題」になった理由
INDEX
「欠勤」より「我慢して出勤」が問題だった──
アブセンティーズムとプレゼンティーズムとは何か
この研究で中心的に使われた概念が、「アブセンティーズム」と「プレゼンティーズム」だ。
数字で見えやすい損失。ただしこれは「氷山の一角」だ。
今回の研究で全体損失の約86%を占めていたのがこちらだ。
「休んでいないから大丈夫」と思われがちだが、実際には最大の損失を生んでいる。
プレゼンティーズムは「見えにくい損失」だ。
出勤票には記録されない。欠勤率には現れない。
だからこそ、欠勤日数だけ見ていた企業や社会は、
問題の本当の大きさを見誤ってきた可能性がある。
「年間2.3兆円」はどうやって出たか──
研究の設計と、数字の読み方
2.3兆円という数字の出所と限界を、正直に整理しておく。
調査:2022年9月実施のインターネット横断調査(日本)
対象:25〜59歳女性で有償就労中・必要情報がそろった3,046人
測定法:WPAI(Work Productivity and Activity Impairment Questionnaire・労働生産性・活動障害質問票)
→ 欠勤・労働時間短縮・出勤中の能率低下を自己申告で測定する、検証済みの評価票
推計:3,046人のデータを、日本の25〜59歳就労女性全体に外挿して国レベルコストを算出
限界:インターネット横断調査+自己申告ベース。因果関係を確定する研究ではなく、推計値だ。
「2.3兆円」は「就労女性の症状関連の生産性損失を推計した結果の年間値」であり、
「日本全体でこの金額が確定的に失われている」という断定とは区別が必要だ。
約2兆2,963億円(USD 14.65 billion換算)
「休んでいない」のに失われている損失の大きさ
「見えやすい損失」だが、全体の一部でしかない
ほぼ8割が「影響あり」を実感している
直近3か月ベースで2〜3日の欠勤、2〜5時間の労働時間短縮に相当
受診につながらない構造──
「医療支援の必要を感じた」女性のうち22.8%が回避していた
この経済損失の背景には、必要な医療につながりにくい構造がある可能性がある。
同じ基礎調査データを使った別の研究(Preventive Medicine Reports 2023・Uchibori et al.)では、
25〜59歳女性4,950人のうち50.6%が過去12か月に月経または更年期症状について医療支援の必要を感じ、
そのうち22.8%が受診回避行動をとっていたことが示されている。
※22.8%は「女性全体の22.8%」ではなく「必要を感じた群の中の22.8%」である点に注意したい。
・「生理の痛みは我慢するもの」という認識が受診回避と関連
・若年層・高収入層ほど回避率が高い(仕事を優先しやすい環境)
・婦人科疾患の既往・月経への認識・健康リテラシーなど複数の要因が受診回避と関連していた
つまり、問題は「症状がないこと」ではなく
「症状があっても受診につながらない構造」にある。
生産性損失の背景には、症状そのものだけでなく、必要な医療につながりにくい構造も関わっている可能性がある。
適切なタイミングで婦人科を受診し、症状への介入につながれば改善余地があると考えられる。
ただし、どの介入がどれだけ生産性損失を軽減するかは、介入試験で別途検証が必要であり、
今回の研究群(横断調査・推計研究)から直接導ける結論ではない。
【クリニック選びのヒント】
月経・更年期の不調、受診の目安と相談すること
「これくらいで受診していいのか」と思っている人に伝えたい。
「仕事に支障が出ている」その時点で、婦人科・女性外来・更年期外来に相談するのに十分な理由になる。
「仕事を休んだことがある・集中できない日が続いている」は立派な受診理由だ
低用量ピル・ホルモン補充療法(HRT)・漢方・生活習慣改善など複数の選択肢がある。自分に合うものを聞く
「月に何日・何時間、仕事に支障が出るか」を数字で伝えると医師も対応を検討しやすくなる
症状は年単位で変化する。単発の受診ではなく継続的に相談できる関係が長期的な支援につながる
まとめ
- ✦筑波大学・岡本翔平准教授らが就労世代女性3,046人を対象に行った調査(Reproductive Health 2026年5月30日掲載)で、月経・更年期症状による生産性損失を国レベルで推計したところ年間約2兆2,963億円に達した。WPAIを使った検証済みの評価票による推計で、インターネット横断調査に基づく(因果確定研究ではない)。
- ✦損失の内訳は、欠勤・労働時間短縮(アブセンティーズム)が約3,240億円(14%)に対し、出勤中の能率低下(プレゼンティーズム)が約1兆9,724億円(86%)。「休んでいないから大丈夫」ではなく、「症状を抱えながら働いている状態」が最大の損失を生んでいる。
- ✦就労女性の79.7%が「症状が仕事の生産性に影響した」と回答。一方で50.6%が「受診の必要を感じながら」22.8%が過去1年に受診を回避していた(別研究・Uchibori et al. 2023)。損失の背景には受診抑制の構造がある。
- ✦「仕事に支障が出ている」は婦人科・更年期外来を受診する十分な理由になる。「2.3兆円を企業の対策で回収できる」とは論文は述べていない。ただし、早期介入の潜在的な意義を示すエビデンスとして、企業の健康経営・クリニックの診療設計・政策議論に接続しやすい研究だ。どの介入がどれだけ損失を減らすかは今後の研究課題だ。
よくある質問
出典・参考文献
- Kasahara S, Goto R, Suzuki S, Sakamoto H, Okamoto S. "Financial burden of menstrual and menopausal symptoms: productivity loss from absenteeism and presenteeism among working-age women." Reproductive Health. 2026;23(1):153. doi.org/10.1186/s12978-026-02331-y(本記事の主要一次情報)
- HGPI(日本医療政策機構). 「月経・更年期症状による経済的負担:就労世代女性におけるアブセンティーズムとプレゼンティーズムによる生産性損失」論文紹介. 2026年5月30日. hgpi.org
- Uchibori M, Eguchi A, et al. "Understanding factors related to healthcare avoidance for menstrual disorders and menopausal symptoms: A cross-sectional study among women in Japan." Preventive Medicine Reports. 2023;36:102467.


