歯は自然に再生せず、病気や事故などで歯を失うとインプラントや入れ歯などの人工歯で補うしか方法がないというのが通説です。しかし、歯生え薬や歯髄細胞培養による再生医療といった医学の進歩により、今後失った歯が生える可能性があります。そこで今回は、歯生え薬と歯髄細胞培養による再生医療について詳しく解説。歯を生やすことのメリットデメリットや今後の影響についても紹介していきます。
1.ついに実現?「歯が生える薬」とはいったい何?
歯は自然に再生することはなく、病気や事故で歯を失った場合、人工歯を用いたインプラントや入れ歯などの治療で補うしか方法がありませんでした。しかし、今後歯が生える薬を用いた治療の選択肢が生まれる可能性があります。詳しく確認していきましょう。
歯が生える薬とは?
現在、研究が進められているのは、通称「歯生え薬」。その名の通り、歯が生える薬です。研究を主導しているのは、大阪市北区にある北野病院で口腔外科主任部長兼トレジェムバイオファーマ株式会社の取締役・最高技術責任者を務める高橋克先生。歯の再生を目指す治療薬の開発は世界でも行われていない初の試みです。
歯生え薬の研究が進められている背景は
研究の対象となっているのは、生まれつき歯が生えてこない先天性無歯症という症例です。歯のもととなる歯胚が成長しないため、乳歯が抜けたのに永久歯が生えてこない、15歳を過ぎても乳歯が残っているなど、歯が一部生えてきません。先天性無歯症は遺伝的要因が大きいのですが、生えない本数が6本未満の場合は先天欠如歯と呼ばれ、環境的要因が強いとされています。生えてこない本数が6本未満というケースは発症頻度が10%ほどとそう珍しくないのですが、先天性無歯症は発症頻度が0.1%と極めて低いのが特徴。患者数が少なく病態の解明が難しく、治療の選択肢がほとんどないのが現状です。
先天性無歯症が発症するのは顎骨が発達する幼少期のため、義歯やインプラントで対応できません。さらに、成長期に食べる機能が発達しないため、顎骨が萎縮するなどの悪影響も。先天性無歯症の治療は成人以降に義歯やインプラントなどの人工歯を用いた補う治療のみで、根本からの治療方法はなく、不自由な生活を余儀なくされているのが現状です。成人するまでの間はインプラントではなく義歯を用いますが、顎の成長に合わせて作り返る必要があるなど、難易度の高い治療になります。歯生え薬が実用化すると、注射のみで歯が生えてくるため義歯やインプラントは必要なく、ニーズの高い治療方法になると考えられます。
歯生え薬のメカニズムとは
先天性無歯症の発症には、USAG-1(Uterine sensitization associated gene-1)という遺伝子が関わっていることが明らかになっています。
USAG-1は歯の成長を抑制する働きのあるたんぱく質。つまり、USAG-1が新しい歯が生えてくるのを邪魔しているというわけです。
USAG-1の働きを抑制する薬を投与することで歯を生やすというのが、歯生え薬のメカニズム。開発にあたり人工的にUSAG-1を合成する必要があり難航していましたが、2017年に成功。USAG-1中和抗体という抗体製剤が作られ、マウスやフェレットに投与する実験を行い、欠如した箇所から歯が生えてくることが確認されたのです。
歯生え薬の実用化に向けた今後の課題と展望
歯生え薬の実用化に向け、2024年9月から京都大学医学部付属病院で治験がスタートしました。治験の対象者は1本以上歯が欠如している30歳以上65歳未満の男性です。歯生え薬の安全性を確認するのが、治験の第一段階。歯生え薬の有効性が確認されたら、先天性無歯症はもちろん6本未満の歯が生えてこない先天欠如歯にも展開していく予定です。
先天性無歯症の治療に人工歯を使用したブリッジ、インプラント、入れ歯に加え、歯生え薬も加えたいというのが、開発を担当するトレジェムバイオファーマ株式会社の想い。さらに、いずれは歯が抜けてしまった高齢者や虫歯で抜かざるを得なかった方の治療にも応用する予定で、2030年ごろの実用化を目指しています。
2.親知らずから歯を再生?「歯髄細胞培養」の驚きの技術
再生医療により歯を再生する技術もあります。再生医療に使用されるのは、体の組織から採取する組織幹細胞。幹細胞は骨や神経、脂肪と、さまざまな細胞に変わることができるのが特徴です。幹細胞を機能不全に陥った器官に移植することで、機能を再生できるのが再生医療のメカニズム。そして現在着目されているのが、歯から採取できる歯髄細胞です。
歯髄細胞とは?基本的なメカニズムを解説
歯髄細胞とは、歯の中心部にある歯髄、いわゆる歯の神経から採れる幹細胞のこと。現在用いられている再生医療は、骨髄や臍帯血から摂取した幹細胞を使うのが一般的ですが、骨髄液の摂取は体に負担がかかります。また、臍帯血の場合は出産する女性からしか採取できません。
その点歯の場合は、抜いた歯から採取できるのが大きな特徴。成長段階で自然に抜ける乳歯や抜歯の対象になる親知らずなど、採取の機会も多くあります。さらに、歯髄細胞は外側が硬いエナメル層でコーティングされているため遺伝子に傷がつきにくく、良質な幹細胞を採取できます。
再生医療に使用する幹細胞は細胞が若いほど適しているとされていますが、乳歯や親知らずはこの条件にぴったりと当てはまります。乳歯はもちろん親知らずも体の中で最後に作られる器官のため、高い増殖能力を見込めます。短期間で細胞を多く採取することができるなど、歯髄細胞は再生医療に適した特性があることから、注目を集めているのです。
歯髄細胞を用いた再生医療の将来性
歯髄はもともと歯の神経です。そのため、歯髄細胞で研究が進められているのは、脳梗塞や脊髄損傷など、神経再生が主な目的です。特に脊髄損傷は有効な治療方法がないため、実用化が期待されています。
体のすべての細胞に変化できるiPS細胞も、歯髄細胞から作り出すことが可能です。iPS細胞を用いた再生医療も研究が進められており、今後さまざまな治療に使えるようになる可能性も高いでしょう。
歯を保管して将来に役立てる「歯の細胞バンク」
抜いた歯をそのまま保管すると、歯髄細胞は死んでしまい活用できません。また、子どもの乳歯は記念に持ち帰る方も多いですが、大人になって抜いた歯を持ち帰る方は少なく、捨てられるケースがほとんどです。捨てられる歯を再生医療に活用する、これが今後選択肢の1つに加わります。
将来必要になったときに使えるよう歯髄細胞を保管しておくためには、歯の細胞バンクを利用します。認定歯科クリニックで抜いた乳歯や親知らずを保管施設に搬送。保管施設では歯髄幹細胞を採取して、一定量になるまで培養してから冷凍保管します。歯を適切に処理して保管施設に送る必要があるため、歯の細胞バンクの対象になるのは、抜く必要がある歯でなおかつ認定医のいる歯科クリニックで抜去した歯のみ。自然に抜けた歯や虫歯で抜かなければならない歯、ぶつけて抜け落ちた歯などは対象外となります。
保管した歯髄細胞は、保管者本人のだけでなく、組織適合試験が一致すれば家族の治療にも活用可能です。また、保管者本人が難病になった際に、保管した細胞と疾病時の細胞を比較することで、病気の原因究明に役立てる方法もあります。同時に新薬の研究にも活用できるでしょう。
3.歯の再生医療が実用化されるとどうなる?
今後実用化する見通しの歯生え薬と歯の再生医療。どのような変化が予想されるのか確認していきましょう。
歯の健康と全身の健康には密接な関係がある
平均寿命が伸びた今、ただ単に長生きするのではなく元気で長生きするために健康寿命が注目されています。年齢を重ねると些細な衰えが積み重なり、徐々に心身が弱っていきます。そして、心身の衰えに直結しやすいのが、歯の衰えと言われています。歯がなくなると食事が楽しめなくなるばかりか、食べ物をしっかり噛むことができません。消化器官に負担がかかったり噛む機能が低下したりと、老化につながる悪循環が生じてしまいます。さらに、虫歯が進行すると生活習慣病のリスクが高まるという側面もあるでしょう。
また、最近の研究により、歯周病は口腔環境にとどまらず全身の健康に影響を及ぼすことが明らかになっています。このように、歯の健康は全身の健康と密接に関連しており、歯の治療の選択肢の広がりは大きな一歩と言えるでしょう。
歯生え薬と歯髄細胞が歯科医療に与える影響は?
歯生え薬と歯髄細胞培養は、これからの歯科医療に大きな変化をもたらす可能性があります。一般的に行われている虫歯治療は、進行した虫歯の歯髄を除去しセメントなどで重鎮する、抜歯してブリッジやインプラント、入れ歯で補うといった方法です。しかし、この方法は歯に水分や栄養分が届きにくくなり、歯が弱ってしまいます。さらに重鎮したセメントなどの人工物の隙間から細菌が入る二次カリエスが生じるなど、口内環境が悪くなる要因の1つになることもありました。
歯生え薬も歯髄細胞培養も、歯をもともとの健康な状態に戻す革新的な治療方法です。例えば再生治療で歯を再生すれば、歯の内部の神経が元に戻るため栄養が行き渡りやすくなります。その結果、健康な歯を保ちやすくなり、生活の質も高まるでしょう。人工物で重鎮する必要もないため、二次カリエスの防止につながります。このように、歯生え薬にも歯髄細胞培養にもたくさんのメリットがあります。
ただし、歯生え薬や歯髄細胞培養にデメリットがないわけではありません。歯生え薬はまだ実用化されていませんが、再生治療を受けられる歯科医院はまだ限られており、近くに治療を受けられる場所が見つけるのが難しい可能性もあるでしょう。さらに、再生治療は完了するまでに数ヶ月~1年ほどの時間を要するという側面もあります。また、保険適用外治療になるため、費用負担も大きくなるでしょう。
まとめ
乳歯から永久歯になり、加齢により自分の歯が使えなくなった場合は入れ歯もしくはインプラントというのがこれまでの一般的な流れでした。しかし、歯生え薬が実用化されることで、治療の選択肢が増える可能性があります。歯の健康は全身の健康と深く関わりがあるため、歯が生えることにより健康寿命にも一役買ってくれるでしょう。これからの健康のため、「歯の細胞バンク」を活用するのも良いかもしれません。歯にまつわる今後の動きに、引き続き注目していきましょう。
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