保険診療の分野において医師が不足しているという社会問題を受け、「直美(ちょくび)」という言葉が度々聞かれるようになりました。医師が保険診療を経験せずに直接美容医療に従事することを指します。近年の美容医療の需要拡大を受け、「直美」を選択する若手医師が急増していると話題に!そこで今回、実際に美容医療業界で活躍する医師らにNEROが独自アンケートを実施。現場で働く医師の「直美」に対する想いについて伺い、今後の課題を探っていきます。
INDEX
「直美」が映す美容医療の現在地
最近、美容医療業界だけでなく一般社会でも「直美」という言葉が使われるようになりました。まずは「直美」が写す美容医療の現状を確認していきましょう。
「直美」とは?その背景にある話題性
「直美(ちょくび)」とは「直接美容医療」の略称で、保険診療の経験なしに自由診療である美容医療に進む医師を指す言葉です。日本では医学部を卒業し医師国家試験に合格すると、2年間の初期臨床研修で診療に必要な基礎を身につけ、専攻医として3年間各科で必要な専門研修を受けるという流れが一般的。ただし、初期臨床研修を受けさえすれば診療行為は可能になるため、初期研修を終えてすぐに美容医療に進むこともできるのです。
「直美」はこれまでも少なからず存在しましたが、日本美容外科学会理事長を務める武田 啓先生によると、医師免許を取得する年間9,000人のうち200人程度の医師が臨床研修後すぐに美容医療に進んでいる可能性があるそう。保険診療を経験することなく最短ルートで美容クリニックに入職する医師、いわゆる「直美」は増加傾向にあります。
そして、この「直美」の話題は医療業界内だけでなく、保険診療や地域医療の分野において医師不足が進んでいる、スキル不足の医師による美容医療トラブルが増えているなどの事由から、一般的にも広く知られるようになりました。
美容医療業界が「直美」に注目する理由
若い医師が「直美」を選択する背景は、いくつかあります。その要因の1つは給与格差です。大学病院の研修医は年収400万~500万円で、勤務医になっても20代で年収1,000万円弱。対して美容クリニックの場合は、1年目から年収2,000万円以上となるケースもあるようです。20代で年収に2倍以上の差がつくとなると、収入を重視する医師が美容医療業界に流入するのも無理はありません。
また、新専門医制度では、初期臨床研修を終えた後に3~4年間専門医資格取得に向け研修プログラムに進みます。研修先が都市部への集中を避けるため、都市部では専門科ごとに上限人数が定められることになりました。これはすなわち、地方やへき地での研修を余儀なくされることもあるということ。一方美容クリニックは都市部に位置することが多く、働くエリアの選択肢として美容クリニックへの入職を選ぶ例もあるようです。
【アンケート結果から見る「直美」の本質】データが語る「直美」の真価
NERO編集部では、美容医療業界で活躍する医師にアンケートを実施。美容医療業界の医師が「直美」についてどのように感じているのかお伺いしました。
今回アンケートにご協力いただいたのは、以下の先生方。匿名の医師も加え、11名の医師にお答えいただきました。
(順不同)
●自由が丘アカデミー 代表理事/福岡大学 名誉教授 大慈弥 裕之(おおじみ ひろゆき)先生
https://jiyugaoka.or.jp/
https://www.fukuoka-u.ac.jp/
●KO CLINIC & Lab 院長 黄 聖琥(こう せいこ)先生
https://ko-clinic.jp/
●Glycine Clinic 院長 藤本 雅史(ふじもと まさし)先生
https://www.glycineclinic.tokyo/
●ゆみ美容皮膚科クリニック 院長 中山 由美(なかやま ゆみ)先生
https://www.yumi-beauty.jp/
●CLASS CLINIC 院長 松本 茂(まつもと しげる)先生
https://classclinic.jp/
●Felleza Clinic 院長 八杉 悠(やすぎ ゆう)先生
https://fellezaclinic.com/doctor.html
●麹町皮ふ科・形成外科クリニック・BIOTOPE CLINIC 院長 苅部 淳(かりべ じゅん)先生
https://kojihifu.com/
●Zetith Beauty Clinic理事長 鉄 鑠(てつ そう)先生
https://zetithbeautyclinic.com/
●美容皮膚科エルムクリニック京都院 院長 内山 雄一朗(うちやま ゆういちろう)先生
https://www.elm-clinic.jp/clinic/kyoto/
●美容皮膚科エルムクリニック麻布院 院長 横山 歩依里(よこやま あいり)先生
https://www.elm-clinic.jp/clinic/azabu/
アンケートの設問は以下の通りです。
<直美にまつわるアンケート> 質問1.「直美」の話題についての第一印象に近いものを選択ください。 A.美容医療業界に良い影響を与えている B.美容医療業界に課題をもたらしている C.特に影響を感じない D. その他(自由記述)質問2.美容医療の現場で「直美」に関連した相談や関心の変化を感じますか? A.患者さまの相談内容や関心が増えている B.特に変わらない C.むしろ減っている D.その他(自由記述) |
質問1.「直美」の話題についての第一印象に近いものは?
まず、「直美」の話題にまつわる第一印象をお伺いしました。『B…美容医療業界に課題をもたらしている』という回答が最も多い結果となりましたが、『A…良い影響を与えている』『C…特に影響を感じない』という回答もありました。
回答の理由をいくつか紹介してきましょう。
<『B…美容医療業界に課題をもたらしている』を選んだ理由> ●若年層への不必要な施術や経験不足により不完全な施術などにより、トラブルや修正症例が増加傾向にあり、医療の安全性に直結する問題が生じているため。 ●「直美」は昔から言われていたが、近年の増加は懸念。 ●ひとくくりにして批判すべきではないが、保険診療の経験不足が医師としての倫理観や対応力不足に繋がっていると感じる。 |
<『A…良い影響を与えている』を選んだ理由> ●そもそも問題点は「直美」にあるのではなく、きちんとした指導を受けず、適正な医療を提供できないことが問題。患者さまのリテラシーが上がることや、「直美」の医師が研鑽を積む必要性の再認識につながっている。 |
<『D…その他』を選んだ理由> ●「直美」には課題とメリットの両方が存在する。「直美」の医師たちは美容医療業界の急速な発展に大きく貢献しており、既存の勢力や方法論に一石を投じ、新しい流れを生み出した点は評価に値する。一方で、経験不足や準備不足で開業してしまうケースがあるという課題もある。 ●そもそも「直美」とは定義が曖昧であり、どこまでを「直美」と呼ぶべきか議論の余地があると思う。保険診療を経験していない医師が多いという点では、倫理観やリスク対応能力に問題がある場合がある。ただし、美容医療業界の拡大という点においては、「直美」の流入が貢献につながっている。真剣に取り組む「直美」もおり、一概に否定するのは適切ではない。 |
質問2.美容医療の現場で「直美」に関連した相談や関心の変化を感じる?
続いて、美容医療の現場における関心の変化についての質問です。『A…患者さまの関心が増えている』という回答もありましたが、『B…特に変わらない』を選んだ医師が最も多いという結果となりました。多くの医師が、美容医療現場での患者さまの関心の変化は感じていないようです。
<『B…特に変わらない』を選んだ理由> ●学会や理事会など医師の間で話題になることはあるが、現場では大きな影響を感じていない。 ●経験や技術不足の医師による修正手術は昔からあり、最近になって急に増えたという印象はない。 ●私自身「直美」の医師だが、特に影響を感じていない。 |
<『A…患者さまの関心が増えている』を選んだ理由> ●修正手術の増加やトラブル発生が目立つように思う。 |
【現役美容医療医師の視点】現場が語る「直美」のリアル
「直美」の話題が与える美容医療業界や患者さまへの影響について、医師の率直な意見をお伺いしました。
<医師としての姿勢について> ●医師の質は、学歴や経歴ではなく志の高さに依存する。「直美」医師でも高い志を持ち努力を重ねる医師がいる一方で、形成外科出身であっても志が低い医師もいる。 ●努力している「直美」の医師もおり、ひとくくりに批判すべきではない。ただ、一方で保険診療の経験不足が医師としての倫理観や対応力の欠如につながっているとも感じる。 ●予期せぬトラブルへの対応力や修正能力で医師の真価が問われる。専門医や保険診療を経た医師とのキャパシティの差が明確に表れるため、深刻な競争の中で生き残れる医師は一部に限られると思う。 |
<日本の医療制度について> ●美容医療に流れる根本的な原因は、保険診療の給与や労働環境の悪さにある。「やりがい搾取」が続いており、家族を持つ医師や自分の時間を確保したい医師が、美容医療に流れざるを得ない現状がある。 ●大学病院ですら赤字になっている今、医師への適切な報酬は難しい現状がある。資本主義の流れの中で、条件の良い美容医療に医師が流れるのは自然な流れだと思う。 ●保険診療の仕組みが時代遅れになっていることが原因で、美容医療が逃げ道のように見られることがある。 ●美容医療を経験させる教育環境の不足が、日本の医療教育の課題。 |
<美容医療業界について> ●美容医療業界の発展には人材流入が重要だが、技術不足やモラルの欠如など医療人としての基本的な姿勢の欠如を一部で引き起こしており、業界単位での改善が必要。 ●美容医療にまつわる教育の場が不足していることも要因の1つ。美容医療を学びたい医師の基礎から学べる環境づくりが必要。 ●大手クリニックでは標準化(プロトコル化)された教育に限界を感じる。医師の独自性や深みが失われると同時に、プロトコルされた業務をできると誤解し、十分なスキルや経験が身につかないまま開業するケースが問題。プロトコルに依存せず、リスク対応など柔軟な対応ができる医師を育成すべき。 ●質の高い美容医療を提供する医師と集客重視の医師との間で2分化が進んでいる。技術やキャリアだけで集客できる時代ではなくなり、SNSやマーケティングを駆使した新しい方法が求められているのは、悪循環な影響だと考える。SNSやキャッチャーな広告に影響されて技術や経験の少ない医師に集まりトラブルが起こると、業界全体のイメージダウンにつながる恐れがある。 ●直美も増えているが、直美を選んだ結果厳しい現実に直面し後戻りする医師も増えている。その結果後戻りしたあとの受け入れ先がほとんどないという問題も発生。保険診療の経験がない状態で後戻りした医師のアフターケアも必要となる。 ●美容医療業界が社会的に評価される分野となっていない点に問題があると思う。 |
また、過去に厚生労働科学研究のプロジェクトを通じて、日本美容外科学会(JSAPS)をはじめとする5つの学会をまとめ、美容医療診療指針のガイドライン策定に尽力された大慈弥裕之先生のご意見をご紹介します。
大慈弥先生:近年、研修医を終えたばかりの医師が、経験を積むことなく直接美容医療の現場に進むケースが増えています。こうした若い医師たちは、目先の給与や待遇に引き寄せられることが多いですが、実際には美容医療の現場での厳しい現実に直面し、途中で挫折してしまう『後戻り』が増えているのが現状です。さらに深刻なのは、その『後戻り』をした際に受け入れ先がないという問題です。保険診療の専門医資格も持たず、基礎的な臨床経験も不足している状態では、保険診療に戻ることが難しいため、医師としてのキャリアが行き詰まるケースも多く見られます。
現在、国でも美容医療に進む前に保険診療で5年の経験を積むことを必須とするような対策が検討されています。これに関連して、例えば日本抗加齢医学会などの専門医資格を保険診療で専門医資格を取得した医師に限定するという意見も挙がっています。5年間の保険診療経験を通じて、医師としての倫理観や医療の基本姿勢がしっかりと養われることが、美容医療の質を高めるうえで非常に重要だと考えられているからです。 |
「直美」の医師と保険診療を経験した医師にはトラブル対応能力などに差があるとする声もある一方で、「直美」云々ではなく志の低い医師が一定数存在することやSNSによりスキルがなくても集客できてしまう現状そのものを問題視する声も多くあります。また、美容医療のプロトコル化された教育により比較的早く技術が習得できる一方で、治療への深い理解がないままできると誤解して開業に至るケースが見受けられるなど、プロトコル化された教育への懸念の声も目立ちました。
さらに、楽して稼ぎたいという動機で「直美」になったものの、現実とのギャップに直面して再度保険診療に戻ろうとする医師も多いそう。しかし、専門医教育を中断しているため受け入れ先がほとんどなく、医師としてのキャリアが閉ざされるケースがあることも問題点の1つとして挙げる医師もいました。
このように、さまざまな意見が上がるなか、多かったのは保険診療で働く医師の労働環境に言及する声。日本の医療業界の問題が根底にあり、その結果「直美」が増えているという見方をしている医師も多いことが分かります。
【提言と社会課題へのつながり】「直美」が問いかける美容医療の本質
「直美」が問いかける美容医療の本質を、先生方の声を踏まえて考察していきます。
医師の労働環境改善が業界の成長を支える
日本の医療制度全体への影響が懸念されるという側面から問題視されている「直美」ですが、そもそも「直美」の医師が増加したのは、社会全体の医療環境の課題が根底にあるとも考えられます。入院患者や外来患者の減少、医療需要の地域の偏りなどを背景に医療機関の経営難が深刻化しており、その結果保険診療に携わる医師に十分な給与が支払われていないのが現実です。
また、医師の過重労働も問題視されています。2024年には「医師の働き方改革」により時間外労働は年間960時間以内と規制されるようになったものの、時間外労働を自己研鑽と扱うなどしている医療機関もあり、必ずしも改善したとは言えないのが現状です。
日本の保険医療制度が医師をつなぎとめる力を失った結果、ライフワークバランスを重視する医師のキャリア選択の1つに美容医療が上がっているとも言えるでしょう。このような医療業界のほころびが「直美」の医師を増加させる要因の1つになっているという点にも目を向け、美容医療へ医師が流れる状況を批判的に捉えるのではなく、社会課題と絡めた建設的な議論が必要なのではないでしょうか。
「直美」から考える社会と美容医療の未来
今後の社会と美容医療の未来はどのように進むべきなのでしょうか。
やる気のある医師が報われる保険診療の仕組みの構築
医師のやる気を削ぐ要因の1つに頑張っても報われない医療業界の構造があります。まずは、保険診療の改善により医師の労働環境を改善し、過剰な「直美」の増加を抑え、医療業界の健全な発展を導く必要があると考えられます。
たとえばアメリカでは、初期段階の報酬は低いもののキャリアアップに伴い高額な給与が期待できる環境が整っているため、一定分野への過剰な流入が起こりにくい仕組みになっています。労働時間についても、アメリカのように社会が医療者の働き方を理解して受け入れる文化の醸成が求められます。
それにはまず、診療報酬の引き上げは不可欠な要素といえるでしょう。また医師不足が課題の地域医療においては、経済的なインセンティブの導入やキャリアアップ支援制度の充実、遠隔医療の推進、AI診断支援システムの導入などにより、地域医療に携わる医師の働きやすい環境づくりが求められます。医師の技術や経験が正当に評価され魅力のある業界となるよう、日本の保険医療制度についての根本的な見直しが必要なのではないでしょうか。また、「直美」医師が再び保険診療に戻れるような柔軟な制度も求められるでしょう。
美容医療業界で働く医師を管理するガイドラインの構築
美容医療業界においても課題はあります。十分なスキルや経験、知識をつけない状態で開業する医師が増えると、価格競争になり価格破壊を招く恐れも懸念されます。価格競争が起こると、質の高い医師にも影響を与えて美容医療業界全体の質を下げる可能性もあるため、「直美」の医師が医療倫理や安全性など、基礎から学べる環境作りも業界の課題です。
美容医療業界のためにも患者の安全性の確保のためにも、美容医療業界で働く医師を管理するガイドラインの策定が求められるでしょう。自費診療には専門医制度のように医師の技量を示す制度整備が十二分に整っていません。そのため美容医療を選択した医師もきちんと技術を提示できるような制度作りも求められるでしょう。たとえば自費診療である抗加齢学会の専門医は、保険診療での専門医を取得した医師限定とすれば、専門医を取るまでの5年間で医師としての倫理観や軸が養われるのではないかという医師の意見もありました。患者側も医師を選ぶ際の指標となります。
さらに、患者が正確な情報に基づいて医師や施術を選べるような仕組み作りも必要です。SNSの影響により集客方法にゆがみが生じ、結果トラブルにもつながっています。ネットやSNSではなく、信頼性のあるプラットフォームを通じた情報提供により、美容医療業界全体の透明性と信頼回復を図るべきなのではないでしょうか。
【まとめと展望】「直美」から始まる新しい美容医療の時代
トレンドを超えて、本質を追求する美容医療へ
美容医療の問題は日本の医療の課題の1つの側面としてもとらえることができます。ただ単に美容医療にフォーカスを当てるだけでは解決につながらないでしょう。美容医療の枠を超えた「直美」問題の対策が求められる今、美容医療業界、医療業界、医師の三方一両得になるよう、医療全体を担う社会問題として再認識すべきではないでしょうか。
「直美」に注目が集まることは、医療業界や美容医療業界の改善に向けた一歩となる可能性があります。美容医療業界の信頼性を高め持続可能な医療体制を確立していくため、技術と制度の両面での整備が必要となるでしょう。美容医療業界の価値向上に向け、美容医療というトレンドを超えた本質を追求する姿勢がより一層求められます。
美容医療の進化を支える私たちの役割
美容医療の進化を支える私たちの役割は、美容も医療と考え、社会問題の1つとして広い視野で捉えること。美容医療業界のさらなる発展は、医療業界の健全な発達があってこそ。現在「直美」に注目が集まっていることが、社会問題に一石を投じるきっかけになるかもしれません。
「NERO」は、信頼性と客観性を重視し、中立的で透明性の高い情報を発信する美容医療メディアです。目指しているのは患者が正確な情報に基づいて医師や施術を選べる、信頼性の高いプラットフォーム。美容医療業界が抱える情報過多や透明性の課題を解決し、社会的価値を創造する、これが「NERO」の目指す姿です。美容医療業界の未来を切り開き健全かつ持続可能な発展を支える存在として、今後も業界を注視していきます。